単勝1.4倍で優勝したアーモンドアイ
史上初の芝G1・8勝目到達、C.ルメール騎手の天皇賞5連覇など、記録ずくめだったアーモンドアイ(牝5歳、美浦・国枝栄厩舎)による天皇賞・秋(G1)連覇。記憶にも記録にも残る偉業を達成したアーモンドアイだが、実はもう1つ、ある記録を達成している。
今回のアーモンドアイの単勝1.4倍は、天皇賞・秋における「単勝払い戻し」の最低オッズを記録。ちなみに従来の記録は昨年のアーモンドアイの単勝1.6倍だっただけに、自ら記録を更新したことになるのだ。
10月の菊花賞(G1)ではコントレイルが単勝1.1倍に応えて無敗の三冠を達成したが、これは春の二冠でも繰り返された同世代同士の争いだった。
対して、3歳馬も含め様々なカテゴリーから強豪が集う天皇賞・秋において、単勝1.4倍に支持されること自体がアーモンドアイの「絶対性」を物語っているといえるだろう。
だが、実は天皇賞・秋における「単勝」の最低オッズはアーモンドアイではなく、サイレンススズカである。
1998年の天皇賞・秋において、サイレンススズカが記録した単勝オッズは驚愕の1.2倍。61.9%という圧倒的な支持を集めた。この年の宝塚記念(G1)を制していたものの、G1・1勝馬のサイレンススズカが、G1・7勝馬だったアーモンドアイを超える単勝支持を集めた背景には、当然ながら相応の「絶対性」が存在した。
3歳12月の香港国際C(G2)で天才・武豊騎手と初のコンビを組んだサイレンススズカ。武豊騎手が「ジョッキーは騎乗依頼が来るのをじっと待つしかない」と言い続けていた自身のスタイルを崩し、本馬への騎乗を直訴したことがきっかけだった。
レースは5着に敗れたものの、武豊騎手が「この馬には押さえない競馬が向いている」と大きな手応えを掴んだサイレンススズカは、翌年2月のバレンタインS(OP)から怒涛の6連勝。
特に5月の金鯱賞(G2)は、当時5連勝で京都金杯(G3)と京都記念(G2)を制したミッドナイトベットが5番人気に留まるほどの豪華メンバーだったが、1000mを58.1秒で大逃げしたサイレンススズカがライバルたちを圧倒。前年の菊花賞馬マチカネフクキタルに1.8秒差をつける大差勝ちするなど、陣営が「負けるなんて考えられない」と断言するほどの充実ぶりだった。
さらに宝塚記念(G1)を制して迎えた秋の毎日王冠(G2)で、サイレンススズカはさらなる進化を見せる。
58秒で逃げて58秒で上がってくる競馬もできそうな気がする
以前から武豊騎手が「夢みたいな数字だけど、58秒で逃げて58秒で上がってくる競馬もできそうな気がする」と評価していたサイレンススズカだが、ここでは800mを47.4秒のハイラップで逃げながらも、46.8秒で上がってくるレースを披露。後にグランプリ3連覇などG1を4勝するグラスワンダー、日本調教馬として初めて凱旋門賞(G1)で2着するエルコンドルパサーといった3歳の怪物2頭を相手に、2馬身半差をつける完勝劇を収めたのだ。
なお、毎日王冠はG2にもかかわらず、この日の東京競馬場には13万3461人の観衆が詰めかけ、レース後には異例のウイニングランまで行われた。
単勝1.2倍の支持
そして迎えたのが、アーモンドアイを超える単勝1.2倍の支持を受けた天皇賞・秋である。天皇賞・秋のフルゲートは18頭だが、集った頭数はわずか12頭。「今のサイレンススズカと戦うのは得策ではない」と考えた陣営が続出したためである。今年の天皇賞・秋も同じく12頭だったことを鑑みると、やはりアーモンドアイに並ぶとも劣らない「絶対性」があったといえるだろう。
しかし、結果は多くの競馬ファンが知る通りの悲劇となった。サイレンススズカは4コーナーの手前で突然の失速し、左前脚の手根骨粉砕骨折を発症。そのまま予後不良と診断された。
ちなみにJRA機関紙の『優駿』が行ったアンケート「距離別最強馬はこの馬だ!」では、2000m部門でサイレンススズカが堂々の1位に輝いている。
2000mのG1を勝っていないにもかかわらず、ディープインパクトやウオッカといった7冠馬を抑えての受賞だけに、件の天皇賞・秋は最も勝利に近かったと言えるだろう。
アンケートは2012年に行われたものだが、もし今行えば、果たして天皇賞・秋を連覇したアーモンドアイは、サイレンススズカの牙城を崩すことができるだろうか。これもまた競馬ファンの間で長く議論される伝説に違いない。